2020年5月26日火曜日

草に水

楽しい時間を自分の中に抱きしめて、こっそりと楽しむ感覚。

似ているのは、
昼間に寝転んだ布団の感触とか、
自分とぬいぐるみが育んできた時間と匂いの交わりとか。

嬉しいなって気持ちと、新鮮さと、感動と、居心地のよさと、懐かしさと、ありがたさ。
今までめっちゃ窮屈だったものがほどけたよ。
ありがとう。

1月からの私のキーワードは秘密、かくすこと、心の中にしまっておくこと、言葉にできないものをしっかりと受け止めること。
最近はなんでもかんでも出来事をぺらぺら喋って消費しちゃわずに、よく噛んでよく噛んで噛み締めて、幸せ〜な気持ちをいろんな感覚器官で味わって、最終的に絵に込めていくことが人生なのだ。

秘密が必要だ。余韻が必要だ。
余白の中に自分だけの核心が隠れているんだ。

夜中の楽しいひとときは、自分たちだけが知ってる秘密の花園みたいな感じだった。

家にこもって一人で散歩して家族とだけ話をして絵を描いて仕事を時々ちょっとだけしている時間は自分がいつもどんなことを感じているのかをひとつひとつ思い出したり、確かめる機会になっていた。

自分しかいないから、単なる自分の気持ちというよりも、他者が一切ない空間における私、たったひとりの私の気持ちっていう感じ。
今日はそこから展開があった。
その気持ち、人肌の温度、心地みたいなもの、自分だけで感じていた肌感覚が人に伝わっていくのを味わったんのだ。


たくさんの人に共有される言葉をつい疑ったり抗ったりしたくなる。
言葉の上べで繋がろうとしても本当には繋がれない。
つながったのは、自分にとってはなんだったろう?

私は友達の愛情を素直に感じとり、嬉しくなった。
自分の気持ちを伝えるとか伝えなきゃとか伝わってるかな、じゃなくて、伝わっているものが伝わっているなっていう肌感覚。
なんともいえないバランスの時間を穏やかに享受した。

友達と話すのが新鮮。
絵を描きながら喋るのが最高。
新しい出会い。
人が描いている絵をみるのが好きなのね。
感性がにじみでる人間性も好きなのね。
素直さ、純粋さ、優しさ、熱さがなんかにじみでちゃう人って魅力的なの。
ていうかものすごいみんな魅力的だなって思ったし
そう思えた自分も、閉じてないじゃん、よかったって思った

なんだかこれ人に見られると恥ずかしいかも

絵を描くことも好きだし友達も好きだ
友達と超いい時間をすごせてハッピーだ

どんどんおばかになってきたぞ
多分さっきまでクラムボン聴いてたけど今無音だからだ

誰かの横槍で壊されるものにしたくないから、あえてペラペラ人に話したくないなって私は思う。
でもブログにはかく。
これは緊急事態だからこそ噛み締められるのかもしれないし、書き残したいのだ。
stay homeとかいうのもあれなんですけどね。みんなと同じ言葉使いたくないっていう。


私は自粛生活で得たものが確かにあるな。


ちなみに今日は記念日なのだ。

夜更かしの林 3:33

いい絵は「描く」ものじゃなくて「なる」ものなのかもしれないぞ


いつもの夜更かしとは違う夜

遠足みたいだな

パレットと汚れた水とかぴかぴのグレープフルーツと濡れた筆が目の前にあって
絵が机に立てかけてある

林小林林小林
最後は林小林林
林林小林
小林林林

友達と喋りながらいっしょに絵描いた
もうねむくてなんもかけないけど
高校生の頃ってクラスメイト全員絵を描く人だったよなって思い出して
絵を描く人に囲まれて一緒に絵を描く状況っていうのは私の懐かしい情景の1つなんだなって原体験の1つなのかなって思い出したよ。
嬉しいなこんな純粋にお絵かきして互いの絵を慶びあって

こんなに素直に話せたのはだいぶ久しぶりだ
なんでかってのは わかってるけど頭が動かないので夢の中で

嬉しい変化を書き留めて次また同じところでつまづいても歩けるようにしときたいな

楽しいな〜〜

優しいな〜〜

あずさちゃんはいつもこういうのを楽しんでたのね。これはリア充と言って間違いない!

2020年5月6日水曜日

5.6 雷

人の考えたアイデア(課題)を享受することって結局自分と他人のズレを認識する機会なんだなって思った。そういう意味でクリエイティヴな面はある。
授業をうける機会も減ったけど。

人から人への伝達っていろんな形があって興味深いな。
授業とか。会話とか。作品とか。読書とか。


学問研究とか、勉強とは、またちょっと違う軸の話。

違和感を拾い上げる

世の中でよいとされているものに惑わされない感覚を持つと、おのずと自分らしさが浮きがってくる。

子供の頃に体験した
ロウでバラのキャンドルを作ろうとか、起き上がり小法師を作ろうとか、楽しいワークショップのあとの充実感とわくわく感と、そして違和感を思い出す
できあがったものに納得できない感覚、完成に到達できてない感覚
そりゃそうなんだ。ワークショップで出会う素材と向き合う時間は短いし。

いろんなことを教わっても自分の作品じゃないという感覚
自分が作り出したものなんだけど、先生のように洗練されていないし、なんかイメージと違って物足りない感覚
この感覚を1回きりで終わらせてはいけないのだと思った。
ここからのステップのほうが、より一層豊かなワークショップが待っているんじゃないかと思う。

だから、自分が講座なり授業なり、単発の企画なりをやるときは、「先生と一緒に作ってみた」の「その先」を用意したいなと思った。
これは、お膳立てをするということではなくて
「やってみた」からの展開を作家は想像することができるだろう、という気概のこと。
「わたしがつくったんだ」という実感へと近づくための、企画の想像力のこと

作家がすべきことは1回だけの楽しいイベントなのだろうか。
これは連続していくべきなんじゃないか。
作家の観察眼で、生徒のモチベーションや主体性と向かい合い、別の次元に一緒に歩み出すことができた瞬間の楽しさは最上のもの。
なんか、思ったのとは違うけど、これは大変なことだね笑
とか、本人も笑っちゃう楽しい世界
二人で一緒に歩む世界

自分なりに、作家としての企画との向き合い方を考え直してみる。

2020年5月5日火曜日

kotoba wo nokosu syoudou

日記を書くことで定着する記憶、忘れてしまっても外部に記録する装置になる日記

言語化することには様々なあり方がある
わかりやすく説明するためのもの
目に見えない感覚を省みて検証するためのもの
思いを言葉として刻みつけることによってより強く心に定着させるためのもの
誰かに心のうちをさらけ出すためのもの

言葉は嘘になってしまうことも、高まってしまうことも、縛り付けられることもある

私は何かを積極的に肯定しながら、省察の余地を残すために言語化を試みる

絵を描くことは何を意味するのだろう
絵を描くときにはまた、いろんなテンションがあって
最初は違うんだけど、途中からどこか懐かしい獣道を駆け回るような感覚に戻っていく


意味は社会的なものになってもいいし、個人的なものでもいいと思う
意味自体に意味があったらそれはもしかしたら意味じゃないかもしれない

湖の波紋が地面にたどり着いた途端に消えるとは限らないんじゃないか

これを読んで、私はこのときの自分を思い出すだろうか?
多分思い出さない。

ほこりっぽくて敬遠していた作業場を使い始めて2週間か3週間になる。
暇だから毎日絵を描くことができる。
何かに急かされることのない時間がものすごい癒しだ、そして活力だ。
活力だけど、怠惰だ。ごろごろと、めきめきが、ともにある。
どちらかではなくて、両方ある日々。
いいのかわるいのかまじめに考えるとだめな気がしてしまうけど
今はこれが私にとって支えになっているし、喜びになっている

好きな絵を描くこと
好きな絵
好きっていう気持ち
描きたいっていう気持ち
他人にうける、うけないじゃなくて、のめりこむ感覚。


久々に長居している作業場の本棚から、そういえばこれなんだっけと手にとったファイルには映画のチラシがファイリングされていて
お母さんとよく映画を観ていたことを思い出した。

お母さんだって、映画が好きだったのだ。

今のうち、母とたくさん映画を観たいな。

2020年4月22日水曜日

4/19

1/24に北京から帰国してかれこれ3ヶ月弱、張り詰めてたものが限界に達した。
今や月に10時間もない、勤務時間。
すくねえすくねえ。そのうちの2時間がすぐあとに控えていた。
うおおん、うおおんってむせび泣いて、すぐあとにリモートで仕事。
生徒の活動を聴きながら、今できることをそれぞれの想像力で実現しようとする姿勢に鼓舞された。
相手に伝える言葉が全部自分に帰ってきた。



ものすごいスッキリして、体がポカポカしてきた。

探り探りzoomやslackを生徒との間で活用していく中、小学生時代家が遠い友達とFAXを使ってお手紙交換していたことや、小学生の時にフリーのゲームをダウンロードして製作者に感想のメールをしたところから始まった年上のメル友のことや、心が孤立してインターネット上で知り合った人に支えてもらったことや、実は対面ではないやりとりの中で絆を築いていったいろんな出来事を思い出していった。

考えてみたら、デジタルも度を超えるとものすごいアナログに戻るんだなと思った。
光の速さで遠くの人と交信することで、野生的な直感を取り戻すようなこともある。

姉におねだりして貰ったホームスター クラシックで星を眺めながら寝るのが楽しい。
めちゃくちゃ自転車で爆走したあとだと、寝つきが良いので嬉しい。
散歩しすぎで筋肉でふくらはぎが太くなり、ずっとコタツの中で過ごしてたら太ももがぱんぱんに太くなった。

筋肉つけて体引き締めて軽やかなボディーを手に入れたい。
色んなことに気づけて、よかった。
特に、自分の未熟さと向き合えてよかった。

おしまい。

2020年4月4日土曜日

絵描いてる時って、普段と違って心に向き合うよね。
聴診器で心臓の音聴いてるみたいな感じかなって思う。
そして自分の心と対話する。だから、今何がしんどいかちょっとわかる。
そして心が少しずつ開く。
この気持ち、わかりません!?
沈む時こそ、意味のない落書き続けないとなーと思った。

3/25〜4/3

1週間が長くて短くて濃くて薄い。
朝起きるたびに、ニュースを見、現実がよくわからなくなる。
外はぽかぽかしていて、花がいい匂いで、トカゲがパササ、パササと走ってる。

命についてものすごく悩ましく思う日中と、自分の声に励まされるバスタイム。
虚ろな夜明け。オルテガの大衆の反逆をポッケに差し込んで週に一度だけ、電車に乗る。

2020年3月25日水曜日

ウィルス自粛:暇のこと仕事のこと

COVID-19の影響で土日月火水木休みの林です。
固定の仕事は金曜の3時間だけ。
派遣の仕事は応募したのに返事がなく。
月10万円の損失です。
そうはいっても、授業準備、Tシャツのデザイン、 絵本販促準備、新企画のアイデア出しなどいろんな形で仕事、やることが散らばっている自宅待機です。

暇だから本を読んだり、アニメーションを作ったり、プレゼントを作ったり、20kmひたすら歩いたり、いつもと違う体の使い方をしています。
絶望する時間ももちろんあります。
現実逃避にはいい面も、悪い面も、どちらもある。

私は大体いつも、いい面も悪い面もあるっていいます。どっちもあるに決まってる。
それは救いじゃないですか。

逆に、それが転じて、福となすことだってあるよね。

仕事をするときっていつも現実に追われて 仕事する。
その場の手札で最善の策を練ることもある。

でも今は、現実から離れたところから仕事に向かうことができる。

よい仕事ができる気がする

今読んでる本:中国の神話 白川静 中公文庫(水濡れ)




2019年7月29日月曜日

誤解をおそれない

芸術家がすき

最近まで学校の先生などをしていたせいか、むかし他人の噂話ばかりを気にして苦しんだせいか、自分がどう思われるかばかり気にして、かつ先生っていう役割がやだなあ〜なんて思っていたせいか色々と自己矛盾があり、不安があり、そして退屈さとやるせなさがあった気がします。
自分でありたいのに、自分ってなんだかよくわからなくなっちゃってたり
自分自分っていうエネルギーもなかったというか
先生にも芸術家にもうまくなりきれないモヤモヤした感じでした。

唯一、心が安らかになるのは、小さいお子さんと絵を描いているとき。
なんて素晴らしいんだろうって気持ちになれた。
4歳くらいの子たち、小学生もとっても楽しい。
こういうことがしたいなあって感じでした。

作品制作や予備校の授業は荷が重く感じられた。
そんな日々でしたが。

変わってきたぞ。
ひとつまえの文章にも書きましたが。


もういっかい言おう、芸術家がすき。

オリジナルという言葉

絵と言葉
絵本はその二つで構成されているが
そもそも絵の中には言語が隠されている
言語、鑑賞者が意味を認識できる仕掛けが絵に含まれている。
ドクロから死を想起するなど。
単純にいえばそういうこと。

今はイメージと言語の関係って、どうなっているんだろう?
なんとなく、ネタ的になっているものもあるだろうし複雑になっていたりもするかな。
バンクシーはものすごいクリティカルだね。

イメージと言語について。
よく考えてみよう。

授業案を考えているうちに22歳の頃につくった教育実習課題を思い出したんです。
それで、その内容を詳しく思い出そうとデータを掘っていくうちに、こんな時間です。

そもそも授業案を考えることへの取り組み方が、なんかね、がらっと変わった、というか、戻ったというか、自分の軸に着地した感触があったんです。
そこからふと、昔つくったはじめての授業案というものを思いだしたのです。
それと、今回のテーマが全く同じだったので、ではそれを今どう作ろうかと考え始めてですね。
この時間です。

もう頭がぼやけて何も考えられません。

自分のオリジナルじゃなきゃ楽しくないということがわかったんです。
それで、歯車が回り出したんです。




2019年7月24日水曜日

消し去れ!トラウマ!いいやそれはむずかしい

地球の絵を描いた。

電車の中で本を読むときは、電気グルーヴを聴く。


私、自分の方向性が全然わからない。
よどんだり停滞したり、何かしらの動きをしているなあって見てるだけ。

読書会が面白い。
正直ぜんぜん読めないんだけど、読もうとすること、何度も繰り返し読むうちに言葉が文章になってくること、語り出すことが感じられるようになってくる。


ともだちから白魔術と黒魔術の話を聞く。村上春樹のアンダーグラウンドに書いてあったことらしい。
小説は別の世界へ読者を誘うが、必ず現実の世界に戻してあげなければならないと。
白魔術でなければならないと。

この世には、内と外、内在と超越、さまざまな線や輪郭があり、界層がある。
現実の世界に戻れなくなる、というのは、どういうことなのだろうと考えてみる。

私にとって、夢の中、病気の時の視界の暗さ、これが非現実と言われるものなのか?とも思うし、
夢から覚めた時、下痢が治ったときのクリア過ぎる現実こそ非現実にも思えたりする。


世界は入れ替わっているんじゃないだろうか。


絵を描くことなんて意味ないんだ。

風船が浮いている絵だろうと、クッキーをかじったシルエットの絵だろうと。

全部目に見えないものの話なんだ。

意味わかんないけど、これは自動筆記なので許してください。

絵ってへんだ。フィードバックがある。

トラウマの話。憲法9条は柄谷行人に言わせると、日本の神経症なんだそう。
改憲が問題になっているが、例えばだけど、9条を守るかわりに日本人が全滅したら。
それはとても変な話でしょう。
9条は日本の抱えるトラウマの痕跡なので、それをなくそうとするとトラウマが爆発する可能性もある。
トラウマを乗り越えようとしてトラウマが爆発する、トラウマに触れないようにして全て失う、もし両方の可能性があるとしたら、私たちはどうすればよいのだろうか。

この話が言いたいことは、文明がトラウマを持つことはあり得るのかという話であり、トラウマを解消することはとても難しいことだが、乗り越えることはできるのだろうかという議論なのだ。

そういう考え方をしていくと、守りたい気持ちも、変えたい気持ちもわかってくるということです。

自分にもトラウマがあるからね。

ところで9条という大きな問題をものすごい軽い感じで、しかもよく吟味もしていない言葉で書いちゃってすみません。
でも、考えてみたかったんだ。

2019年7月17日水曜日

もりのきでんしゃの歌ができました!感謝(驚)

もりのきでんしゃの歌を、出版社のみなさんがつくってくださいましたよ♪
てれび絵本みたいだ〜
歌は編集さん。歌詞は社の代表。そして作曲は編集さんの旦那さん。もりのきでんしゃの仲間がちょっとずつ広がっていくと嬉しいです。
いろんな励ましや意見が、次作の原動力になります。
「みんなで幸せになる絵本」と掲げられた以上、「幸せってなんだ?」を考えていきますよ🔥
作詞 松崎義行
作曲 川口卓也
編曲 川口卓也・菅原新治
歌  Mitsuyo
「もりのきでんしゃ」
作・ナカオマサトシ 絵・はやしともみ
もりのきでんしゃ書籍ページ
http://poempiece.com/books/2387
動画はユーチューブで♪
https://youtu.be/CDOgibJbtuY





2019年7月13日土曜日

軌道

運命に任せるとか、乗るとか、変えるとか、
どれに当たるのかはわからないけど
軌道が見えた気がした。
人生のいろんなタイミングの、選択肢が一つ彗星みたいに。

私はいままで本当に全ての可能性に対して不安を持っていたんだ。
まず遠距離恋愛についてでしょ
子どもほしいほしくないというか希望が持てないとか
仕事、生活、恋愛、色々あるけどそもそもなんでいきているんだとかね
うだうだ

それを切り裂く「直感」と「素直な心」を与えてもらいました。

運命を乗り越えるのか、受け入れるのか
どちらでもないような気がするけど
どっちを選んだとしても人生なんだな。

心配かけてしまってすみません。
助かりました。

2019年6月27日木曜日

宇宙人と共同体/内在と超越/隠喩と事実/地平、景色、眺める

岸井大輔さん企画の読書会、2回目。おわって帰宅。
ふわっふわに泡だてた石鹸で顔をあらったし、お風呂入ったし、残り湯で洗濯した。

岸井さんの解説と参加者のたくみくんの読み解きが中心となっている。
おかげで少しずつ内容が明らかになる。 たくみくんは文章を読み解き言葉にする。すごい。
視力に例えるなら、たくみくんは表面をしっかり追えているが、私はおおまかな形と、動きしか見えていない。(■が▲にむかって横移動している、のような)

今日わかったことというか、キラーン!ときたこと。

著者ナンシーが言っている「共同体」っていうのは一般的な感覚とは全然ちがっているので読み解いていかなきゃいけないんだけど、これがだんだん見えてきた。
たとえるなら、それは「宇宙人」のような未知のものなんだ。
宇宙人を信じる人たちにとっては、地球外生命体である宇宙人、宇宙からの来訪者には未来への「期待」が込められている。これまでもいたし、これからもくる、そしてそれを見てみたい、と思っている。
これとおなじ構造が、ナンシーのいう「共同体」に見えてきた。

そのために、ともみはこれまで「UFOみた」とか「宇宙人いるよ、そのへんにいるよ」とか「宇宙人を呼び出す」とか、宇宙人の話全般を聞いているときに「まったく未知のものをなぜ知ったように話すのだろう」とか「まずここ(地球)にあるもので考えなきゃいけないんじゃないか」っていうモヤモヤを抱えていた。わかる気がするのに、なぜ引っかかるんだろう、と思っていた。
このモヤモヤも、本の中でちゃんと解説されてるんですよ。宇宙人信じる人と、信じない人の、この関係も。

ナンシーの本を読み解いていくことで、宇宙人を信じる人の言っていることがやっと「例え話」ではないことに気づいたんだ。
現実を言い換えたり例えたりしているわけじゃなくて、彼らは事実として、宇宙人の話をしてたんだって。
私は事実と隠喩の境界がわかっていなかったんだ、ということにも気づいた。
しかも、ナンシーは宇宙人信じてる人も、本当の意味ではわかってない(モヤモヤしてる)のである。という言い切りをしているの。
ああ、言葉にするのがややこしくなってきた!

宇宙人信じる人、信じない人、どっちも、ちゃんとわかってないんだよ!宇宙人のこと!
そもそもわかってるはずないよね、だって未知なんだもん!そしてこれからは「そもそも宇宙人のことよくわかってないじゃん」ということを受け入れて、かつ、「宇宙人って未知だ」についてを語っていかなきゃいけないんだ、みたいな・・・ヘヘ、こんな説明じゃ絶対むりだあ。
ま、そんな風にどんどん展開していくんだよ。すごいよなあ・・・・。

もちろんもちろん、「宇宙人」は私が勝手に持ち出したもので、ナンシーのいう「共同体」についてを、自分の実感で例えた内容ですよ。

下に原文を抜粋して載せたけど前後の文ないからなんの話かあまりわからないかも。
難しい本だけど、頑張ろう。
形がよく見えずおぼろげでも、この手で触れたいから!

なんかすごく楽になりました。

新しい構造がわかると、それに当てはまるいろんなものが見えてくる。

そしてそして、革命という言葉への強烈なイメージも拭われた。
革命ってかっこいいぜ!と短絡的に思ってた時期もあったけど、最近は「人がたくさん死んでかつ世の中よくなってないものの総称」くらいネガティヴな印象が強かったんだけど。
何かをひっくり返すことによって、たくさんの人が犠牲になったり、そこから新たに弱い立場の人が生まれてしまうことって全然いいことじゃないから。
でも、本を読んでいくと、革命という言葉のいい面が見えてきた。
人が死ぬ=革命じゃない、死なない=革命が見えてきた。

いやーこれ言葉にするの難しいな。

たとえば石鹸なら、いままで泡立たなかったのに泡立てネットのおかげで格段に泡立ちやすくなり肌への刺激が少なくなってモチモチ♪っていうのは洗顔業界のひとつの革命じゃないですか。これは「ひっくり返した」わけではなくて、新たな地平をもたらしてるんだよね。
何かを犠牲にしてのし上がったわけではなくて、違う視点が生じたの。
こういうことが言いたいの!

やっと、革命という言葉に希望を持つことができた。
おかげで「変化すること」の捉え方もすごーーく気楽になった。
仕事のこと、芸術のこと、様々な活動について、「動きはじめること」を躊躇する気持ちや迷いが薄れた。
気楽に一歩、足踏み出せばいいんだ!って気分。

いろんな謎の荷(謎の圧)が下りた。


芸術って、あらゆる地平とつながっているんだね。


●余談

昨晩思考がスパーークして眠れなくなった時に現れた考えの羅列↓
繋がること、なぞること、なぞることは過去の動作とは異なる時間に同一の空間的平行線上で同じ動き方をすること。時間は違うけど同じ動きをする!ってことはどういうことか?シャーマニック!というか追体験?シンクロ!太古とシンクロする方法。
描く行為について、繋がること、なぞること、結ぶこと、の動きの相違点
やはり私は描くことが大事なんだな

●個展のタイトルを考える、を常日頃からやっているが個展の予定はない。
「幻滅」 しか今思い出せない 言葉っておもしろいよね


●最後に

「無為の共同体」原文抜粋↓

彼らはおそらく(少なくとも現在までは)この語を使用するとき、どこからが隠喩(あるいは誇張法)でどこでそれが終わるのかを知り得なかったし、ましてやーー言い換える必要があるならばーー他にどのような比喩やあるいは比喩の抹消が、この「共産主義」という語を用いる時につき纏っていたものにふさわしかったのかを、知るべくもなかったからである。

ジャン・リュック・ナンシー「無為の共同体ー哲学を問い直す分有の思考」
訳:西谷修・安原伸一朗 以文社

2019年6月25日火曜日

展覧会の感想 6月 都現美 横浜美術館

悩みしかないけどそれはカルシウムになる。

私が急いで作った柄谷行人のレジュメはひどいもんですね!
明日は無為の共同体の読書会です。


たびたび美術館に行っています。
展覧会ってしんどい時があるし、感動することもあるし、落胆することもあるんだけど
一貫して「人間の体力」を感じるので、鑑賞自体は好きなほうです。

東京都現代美術館の「100年の編み手たち」

「アートって、不毛・・・だ」と感じた。
展示空間自体は広々してて楽しいので、途中からテンション上がって踊るように絵をみたりした。
触り心地のよいふわふわなスカートで行くのがオススメ。

みんな頑張ってるな…と思ったし、いいアイデアもうまれた。美術館の近くにすみたいとおもった。

でも、この日は、アートって、不毛って思った。
希望って思う時もある。
どっちもある。
自分が展覧会に何を求めているのか、でも変わる。
作家たちの作品が不毛、というより、この展覧会で何かを網羅しようとゆう取り組み自体が不毛、とゆうことかもしれない。


横浜美術館 meet the collection アートと人と、美術館

タイトルが最後に帰ってくる、って感じの素晴らしい展覧会だった。
これでわかった。やはり都現美は展覧会がつまらなかったんだ!

横浜美術館のコレクションのセンス抜群だし、運動会だった。
運動会っていい響きだな!
チームプレー。人間の体の力。学芸員さん素晴らしいと思う。DJ学芸員!
ビューーーティフルワールドだった。

みてくださいよ。この、章立て。素晴らしいですよね。

第Ⅰ部 LIFE:生命のいとなみ

  • Ⅰ- ① こころをうつす ゲスト・アーティスト:束 芋
  • Ⅰ- ② いのちの木 ゲスト・アーティスト:淺井裕介
  • Ⅰ- ③ まなざしの交差
  • Ⅰ- ④ あのとき、ここで

第Ⅱ部 WORLD:世界のかたち

  • Ⅱ- ① イメージをつなぐ ゲスト・アーティスト:今津 景
  • Ⅱ- ② モノからはじめる ゲスト・アーティスト:菅木志雄
  • Ⅱ- ③ ひろがる世界

生命のいとなみ!
いとなみ!
まなざしの交差!?
あのときここで!!
からの世界。

わあっとなりませんか。

この世の中は何でできてると思いますか
一次元、二次元、三次元、四次元という考え方もありますし
科学的な目線もありますし
イメージの世界、現象の世界、あとは仏教なら六道という考え方もあります。
どんなものでもいいけれど、この世っていろんな成分が混ざり合ってできてますよね。
この章立ては、構造と成分表のデザインがわかりやすいって感じです。私にとっては。
街めぐりをする際、山登りの際、いろんなルートがあったりしますね。
いろんな巡り方があるんだけど、このルートでどうぞ!って案内してくれるような感覚です。でもね、ちゃんと抜け道もあったり、玄人にも素人にも楽しめる街巡りなんだな。

世界という認識の前に、命への認識があるって感じがすごいわかる気がしました。



展示の内容に関してですが
浅井祐介さんはすごいと思いました。
めっちゃ壁全体に絵が描いてあるのに、他の作品たちを邪魔していない。
こんな風に融合できるのは何故なんだろうって思った。
浅井さんの表現は、私たちの目に優しいということなのかな。



情報だらけの世の中で私がこのブログを書く意味はなんだろう。
ひとりとひとりがつながる行為だと思っている。

2019年6月11日火曜日

世界史の実験 柄谷行人


読書会に行けなかったので書いたメモを公開。
しかし、まったくレジュメになっておりません。
内容、難しかった〜。読書会に参加できなかったことがとても残念。
なんども読み返す行為ってとても興味深い。



世界史の実験 柄谷行人 岩波書店 レジュメ            19/6/10 林友深作成

レジュメ
第一部
歴史の実験、実験の史学とはなんであるか/柳田を実験の史学に促した要因/柳田と島崎藤村の共通点/柳田国男と平田派神道/国学と古学/山人/日本は神の国/土着の信仰のこと

第二部
山人について/固有信仰/原無縁・山人・原遊動民/原父、超自我、トーテム・・

感想
“実験というのは素養あるものの、計測あり予測ある観察のことである。これには忍耐と、疑いを解こうとする情熱とを要するのである。”

日本は神の国であるという言葉に強い衝撃をうけた。
出来事を見る視点が「自らの視座」ではなく実験者のような目線。
観察者でありながら自然選択の一部になるような視点を持つこと。
土地と先祖という考え方が、なんだか日本らしいと感じた。地震が多い国だから建造物が流される、崩れるという経験が強い。私たちは家ではなく土に還る気持ちが強いかもしれない。景色というものの情報が強い気がする。(よくわからないほんとうに)
時間的差異と空間的差異のことから、水の波紋や花の形状や曼荼羅等の構造を想起した。エネルギーの流れ方。
自然実験という名の観察方法について。観察という行為について。私がもっとも大切にしている行為である。観察とは自我の影響と自然の流れの調和ではないか。調和なのか。超脱なのか。
自分の興味は仏教が80%くらいだと思っていたけど違うかもしれないと思えた。
日本とはなんなのか。

“原始のかなたから生きつづけてきた、「無縁」の原理、その世界の生命力は、まさしく「雑草」のように強靭であり、また「幼な子の魂」の如く、永遠である。「有主」の激しい大波に洗われ、瀕死の状況にたちいたったと思われても、それはまた青々とした芽吹きを見せるのである。日本の人民生活に真に根ざした「無縁」の思想、「有主」の世界を克服し、吸収しつくしてやまぬ「無所有」の思想は、失うべきものは「有主」の鉄鎖しかもたない、現代の「無縁」の人々によって、そこから必ず創造されるであろう。“


ワードメモ
マルクス資本論に依拠してマルクスを考えた。周縁。/デモクリトス/エピクロス/ヘラクレイトス/スピノザ/内的体系/論理的体系/交換/価値は交換において生じる/命がけの飛躍 salto mortale 神への信仰←→絶望 死に至る病/ヘーゲルの観念論的な哲学/唯物論/弁証法的唯物論/キルケゴール/生産様式から交換様式へ/柳田國男 体系化の難しい多領域の学問/吉本隆明/抽象というものの本質的な意味が生まれない。勘でつなぐ空間的な広がり(無方法の方法)/共同幻想論/数珠玉を集めた本をもとに抽象する/抽象する、/ヘーゲルにもとづく体系的な認識を試みた/モンテーニュ エセー/叙述形式/べつの内的体系 抽象の本質と無縁。抽象が自己完結したとたん、別の相貌をもってあらわれる。/風景の発見 近代思想の鍵/児童 近代につくられた/商品交換をコミュニケーションとして見る/先祖の話/想像ラジオ/山人 原遊動民/国木田独歩/日本近代文学(日清戦争の勝利)の起源と中国近代文学(日清戦争の敗北)の起源が深く連関する/魯迅/周作人/ジャレド・ダイアモンド『歴史は実験できるのか』/柳田國男『実験の史学』/複数のシステムの比較/定点観測の場として世界史を通観/網野善彦/カント/ルソー/憲法9条/世界同時革命/ロシア革命/国際連盟/新渡戸稲造/北村透谷/島の文化史上の意義/日本という島から「人」というものの発達を考えて見ることができる/エスペラント/政治を民俗学から得た認識を通して見ている/柳田「団結を抑制して個人を自由にする」「公民として病み、かつ貧しい」公民の民俗学/1920年代にはありえた「実験」の消滅/島崎藤村/新体詩/平田派神道/国学と古学/敬神/漢意/仏意/憲法/原無縁/武士の話/柳田の山人、網野の原無縁、柄谷の原遊動民が同じものを指している話/死の欲動/自我/超自我/ユーモア/トーテム/タブー/家父長制領域/兵農分離

2019年5月29日水曜日

直感を鋭く磨き上げよう



こんな絵(1枚目)ばっか描いてきたけど、絵本はいろんな絵を勉強させてくれる。そうだ。絵本を描こう。
私が大事にしていることは、直感を鋭く磨き上げることだ。
宗教の話も政治の話も、どうしてか敬遠されがちだ。
オウム真理教やあさま山荘事件のせいかもしれないが、なぜ嫌悪するのか、無自覚な人もいる。
アーティストは社会に迎合してはいけないと思う。
美術を学んだものが、この社会にまつわる様々な要素にたいして、こわいと敬遠してよいのだろうか。
宗教とか、政治とか、アートとか、隣人とか。
私にとっては、これまで所属した全ての場所が、社会に出てもずっと自分を鋭く磨き続ける体力と、希望と覚悟を学んだ場所だった。
だから自分の仕事場でも、絵本でも、人間関係でも、今の家族に対しても未来の家族に対しても、そうしたい。と思います。その熱意で。
あらゆる人に出会うが、バカとか賢いとかよりも熱い魂に惹かれる。
ところが、実はみんな闘魂がある。
みんな好きってことになってしまう。
きっと本来そうなのだ。
そうならないのは歪んでいるからなのだ。
自我がすごいからなのだ。
自分も他人も傾いていて、おもしろい。
そうだ、私が絵を描いた絵本。(2枚目の画像)

amazonでも買えますが、私から直接買うと、似顔絵でんしゃ&サインがもらえます。もし似顔絵描いてほしい人は私と会いましょう!笑

そしてアマゾンのレビューをお願いします。
私が描いたとは思えぬ、王道の絵本です。2〜4歳の子にとくにおすすめです。
https://www.amazon.co.jp/dp/4434259792/

更新すすまぬ 読みすすめる

韻を踏んでいそうであんまり踏んでいない言葉を連ねて 行列だ 更新だ わくわくのはじまり弾けるクラッカー 弾けだす

クラムボンの、ライブ会場と限定販売店でしか買えないアルバム3種
そうするっきゃないよね 高いけど 買ってもらうのが一番だよね
届かない、川を散歩しながら追いかける 駆け抜ける

スラップスティックな恋
人生もそうだ
ラッシュライフ!

宗教 どこでもよいじゃないか

日々こつこつと調べ 索引を貯め 積みを減らし 眼を育てるのだ

クラムボンのアルバム視聴して思う
いいアルバムじゃないかってさ。
ライブ行ってみたい。

ブログの更新がなかなかすすまない。母が読んでいると思うとね。
アーティストは包み隠さずだ。
この人には見せられない、というのはなしだ。

恋人が寝転びながら笑う声を思い出し (んふふってやつ)
いづれ遠くへ旅立ってしまうことを先回りして名残惜しんだり
いない間は勉強頑張るもんねって思ったりね

本を読んで知らないことをたくさん知ったり考えたりするとどうしても恋人に話したくなってしまう
だからそんな風に  先回りをするのね

大事なことってなんだと思いますか?

私は直感を鋭く磨き上げることだと思います。
柄谷行人の本を今読んでいるのですが、論理的に体系づけられているそれ自体ではなく、内的体系を見究める、というようなことが書いてあって
それってつまりは直感による知覚あってのものだと思ったんですよね。
書いてあることから別の世界を見出すということは。

予備校は大学のためにあるんじゃない。腐った社会をコンポストで醸すためにあるんだ。
善悪でも優劣でもない自分と他人の水平線を上下左右に揺さぶりながら観察するんだ
講師だけど31歳だけどなんかそんな感じがしない自分と、年を重ねたせいか劣化しむくんだ部分をマッサージ
腰を鍛えていく

ブログも更新して 本も読みすすめていく

継続だ

2019年4月28日日曜日

絵本「もりのきでんしゃ」発売


「もりのきでんしゃ」
作 ナカオマサトシ
え はやしともみ
出版社 みらいパブリッシング

なんと、絵本が出版に!
シュポポポン!

絵本の購入はこちら

カピバラノートのご縁で出会った出版社さんからご紹介いただきました。
たくさんの人に届きますようにって思います。
なぜかというと
あったか〜〜い、なんか目にきらきらくる絵本だからです。
とても読み心地がよいです。
絵としては、登場人物の表情が最大の魅力だと思っています。

amazonのレビューをぜひよろしくお願いします!!

続編描きたいぞ〜