2021年11月23日火曜日

reading

これは好き これは嫌い

それに惑わされる 振り回される


良いも悪いもレンズが歪んでいるだけなのに、好きと嫌いに振り回されてしまう

いや 好きと嫌いのグラデーションが 覆い隠されてしまうのか

どっちでもいい が良いわけじゃない

好きと嫌いに悩まされ その間を観察し 間を読むことを学んできたのだろうと思った。

万物斉同は鼻から辿り着ける境地ではないということ。


自分の「善悪も優劣も序列もない」という考えは万物斉同という四字で表せることを知った。

この言葉は見たことがあった。老荘思想だった。そうか、そこも繋がっていたのか。

絵だけじゃなかったのか。私の考え方は、とても東洋的な礎のもとに立ち上がるものだったのだね。

そりゃあアメリカで生まれたわけじゃない。当たり前なのだろうけど。

それでも自分は東洋、アジアというものに深く関心を持っているタイプなのだろう。


予備校の生徒もなんかダイナミズムというか、大地や風や、自然に根差す心を持っていて、まあ思想的には色んな国の人がいるだろうけど、スピリチュアルな感覚が鋭いなあと思う。

これこそ、コンクリートジャングルではない、自然環境によるもの、土地柄なのだろうか。



読むことは とてもおすすめしたいことだ


今までは観ること 観察すること まなざすことばかりだったが

目をうつすこと 次から次へと 流れるように文字に目をうつすこと

読むことにも意識を傾けるようになった


絵を描く者だからか観ることに全てを言い表そうとしすぎていたけど

今は秘めること 読むこと 受け入れること それらにも傾注している


何かと何かの間は面白い そこでしか見えないものがある

展望を眺め 頂で別世界を体感し また目をうつし大地を這い 一歩一歩踏みしめて展望を眺む

2021年10月7日木曜日

時間を巻き戻せ 時間は自由だ

過去に戻ることができなくても

巻き戻すことはできるのだ


巻き戻す、

ネガティブな響きがあるが

けしてネガティブな意味ではない。


時間とは違うベクトルでものを捉えることだ

 

これははじまりとおわりを作らない手法でもある。

 

成長 と聞くと上に伸びるイメージがする。

前進していくような、技術を高めて進化しようというような、そういうイメージだ

しかし植物の成長を想像してみよう。

ある程度成長すると、そこから種を残す活動に移行していく

葉は枯れ、土に還る。

何かと人はそれを老化と捉えがちだが、果たしてそうだろうか?

植物の成長の終わりは、新たな成長のはじまりに途切れることなく繋がっている。

伸びる成長の先にはぐるんと時を回転させるエネルギーが生じるのだ。 


もしそれを映像にしたら、きっとはじまりもおわりも、途中からわからなくなってしまう。

 

 成長について見方を変える必要がある。

 

 

ただ自分が、成長のための時間と思うことが嫌になったので

成長するのやめてみようと思った

そういう心の変化でした!

 

どうせ成長みたいなことは、起きるので、気にするのやめようと思った。

時間を巻き戻すことを、アニメーションはできるから。

アニメーションは面白いなあと思ったのです。

 

種が先か、実が先か 誰にもわからないのが全てのあかし。

 

 

説明するノリがなくて、今はただ思いを綴る感覚に任せて気持ち良くなっている

文章を精査して、すこしわかりやすくするかもしれないけど

まあいいか、今日は久しぶりにブログをアップしたから、こんな感じで許してもらおう。

 

非営利な活動がないと、営利に向かないよね。

 

営みと利益

それは大事なことだけど

 

営まないことと無利益も

心底、命らしいことだと思う。

 

 

自動筆記は心の中に漂っている外界のかけらを、私の窓の形を知るための術なのだ

窓も壁も、全てを透明にしてやるのだ

透明な窓に、絵を書くのだ

簡単に消える、簡単にはがせる一過性のエネルギーを投影するのだ


参加しよう

窓辺に参加しよう

 

過去に戻ることはできなくても

未来にはむかうことができる

2021年9月21日火曜日

1DAYワークショップ企画「パワースポットを建立しよう」





先日、1日プライベートレッスンを行いました!

「パワースポットを建立しよう」

自宅に癒しの空間を求める時代に沿った企画といえましょう。

 

たくさんの材料は海で拾ったものや、ボツになった作品の素材など。

ガラクタは色々ありますよね。それが再利用できる点でも環境に優しい企画です。

近所に落ちているものや、その環境にある素材を使えばそれぞれの土地の魅力が現れるんじゃないでしょうか。

色々な場所で行っていきたいワークショップです。

 

 

 

ところで、ワークショップの名前って、悩ましいですよね。

なんとかを描こう!なんとかを作ろう!になっちゃう!

なんとか作り とかでもいいのか!

 

近況報告でした。色々な企画をやっていきたい。

 



2021年1月13日水曜日

葛藤を文字起こしする

絵にするとはどういうことか

 

考えることと描くことは違うのか


「画面の中で旅をしなさい。」

 

言葉に操られるのではなく

周囲に翻弄されるのではなく


地に足をつき

紙に対峙し

自重をかけて何を運ぶのか

 

あなたが着目するのは線か 色か イメージか 奥行きか 運動か


絵を描くことはあなたにとってどういったことなのか

 

わかってもらうこともわからせることも 微妙じゃないかしら

 

私は自分の表現からまったく表現していない何かを見出す人がいたら嬉しい

すごいことだと思う

あなたが導き出したものは全て真実なのだ

 

遠くにいきたい 


踊り

旅?

叩くこと 流れること

掴むこと のばすこと



2020年11月20日金曜日

コラムはじめました

なんも書いてなくてゴメンナサイ!

 最近、【みらいチャンネル】というウェブサイトでコラムをはじめました。

 そっち一生懸命やってたらこっちが疎かになってしまいました。テヘ

ひみつのノート 1

まずはこちらを読んでみてくださいませ。

関連する記事に、2や3が出てきます。

明日か来週あたりに、4も掲載されます!

月1です。よかったら。

 

最近のウェブサイトはスマホから読みやすい仕様のものが多いですね。

コラムもスマホから読みやすいです。

 

bloggerは。。。。

 

むかしはしょっちゅうスマホからブログにアップしていたのですが、bloggerの仕様が変わってしまい、ものすごくやりづらくなってからだいぶ遠のいてしまいました。

PC環境も整ったし、これからは思ったことなんでもかんでも、書いていけたらいいな!

書きたい気持ちはヤマヤマなので


あとは一歩踏み出す! モリッ!!

2020年7月16日木曜日

これを読んでいるなら私はあなたの味方

どういう形かわからないけどここにたどり着いた人へ
私はあなたの味方であると思います

あなたと話さなくてもそれが伝わりますように。


最近自分の心が外、内、双方のある一定の角度へ、まっすぐに差し込んでいる。
親友というか、心の友というか。。そういう存在が一人いるだけで、急に色んな方向によい影響があることってありませんか?
逆も然りだと思いますが。

1つの出来事、人物、影響をきっかけに広がる大きな考察や直感。

人の恋の話を聞くと、なるほどと新鮮さを感じるし
そもそもその人の考えや心の動きを聞くと、なるほどと新鮮さを感じる。。

なるほどと、新鮮さを感じる。


今自分は一人だと感じている人がいるとしたら
もしかしたら奥底で私とつながっているかも、と思ってくれていい


このブログを読んでいるならば
きっとつながっているから 

自分の人生は大丈夫だと思ってほしい。

7/7

死は、神様が与えた「担保」なんじゃないか。

死を感じる時、亡くなった人に触れようとしている


その子の家の最寄駅で水を2本買い、献杯した。
屋形船と花火の絵が書いてあるやつ。
船に乗り換えて、私のいるところからは旅立ってしまったけど
もしかしたら、同じ花火を見ているかもしれない。


私は何かしてあげられなかっただろうかという思いと
ほんとうに気持ちを汲むなら、よくやったって言ってあげたい
でも、その中心にあるのは苦しさ、痛みだったよね
心の奥まであたたかく救われる経験は毎日できるものじゃない
晴れなくても、曇りでも雨でも命は育まれるものだ。
いきることと死ぬこと 両方を育てる
だから両方とも 互いを担保しあって、助け合っているように感じた


さみしいな

触れたいな

後悔するのは自分のためにならないからしない
だけど、すごくすごく大切な人
ありがとう
よくやった
ほんとうに偉かった
よく生きた
よく笑った
苦しいこともちゃんと友達に教えてくれた
へんな虚勢を張らずに
自分のために動いたこともとても偉い

家族の身になったらこんなことは言えない
だけど、

本当に、なんの役にも立てなくてごめん
さみしくて、辛かったね
偉かったよ
ほんと






7/8

死は神が与えた「担保」なんじゃないかと思う

やる気うしなっちゃったらあんま夜更かしした意味ないんだ
明日は明日でがんばるんだ
やることあるんだ

私の言葉は万人に見せるものじゃないから

2020年6月16日火曜日

言葉が通じない、言ってることがわからない、これが私の人生の半分って気がしてきたぜ
気持ちがのっている記憶って、変形しやすいよ。
熱で変形しちゃうのかな。

経験で強度を増していこう

あ からはじまる色々

甘え
抗う
愛してる

いないいない、ば

打ち返す、投げる、打ち返す、投げる

疑い



美味しいつけ麺

甘えたくない
抗いきれない
安心の声に耳をすませたい

いない、いない

打ち返して、投げて、落として、拾って、ぐきってなって、投げ返して、暴投して、鬱
また、立ち上がって、打つ

endless

美味しいラーメン



つづきもあいだもない世界には
つづきとあいだの余白がある



2020年5月26日火曜日

草に水

楽しい時間を自分の中に抱きしめて、こっそりと楽しむ感覚。

似ているのは、
昼間に寝転んだ布団の感触とか、
自分とぬいぐるみが育んできた時間と匂いの交わりとか。

嬉しいなって気持ちと、新鮮さと、感動と、居心地のよさと、懐かしさと、ありがたさ。
今までめっちゃ窮屈だったものがほどけたよ。
ありがとう。

1月からの私のキーワードは秘密、かくすこと、心の中にしまっておくこと、言葉にできないものをしっかりと受け止めること。
最近はなんでもかんでも出来事をぺらぺら喋って消費しちゃわずに、よく噛んでよく噛んで噛み締めて、幸せ〜な気持ちをいろんな感覚器官で味わって、最終的に絵に込めていくことが人生なのだ。

秘密が必要だ。余韻が必要だ。
余白の中に自分だけの核心が隠れているんだ。

夜中の楽しいひとときは、自分たちだけが知ってる秘密の花園みたいな感じだった。

家にこもって一人で散歩して家族とだけ話をして絵を描いて仕事を時々ちょっとだけしている時間は自分がいつもどんなことを感じているのかをひとつひとつ思い出したり、確かめる機会になっていた。

自分しかいないから、単なる自分の気持ちというよりも、他者が一切ない空間における私、たったひとりの私の気持ちっていう感じ。
今日はそこから展開があった。
その気持ち、人肌の温度、心地みたいなもの、自分だけで感じていた肌感覚が人に伝わっていくのを味わったんのだ。


たくさんの人に共有される言葉をつい疑ったり抗ったりしたくなる。
言葉の上べで繋がろうとしても本当には繋がれない。
つながったのは、自分にとってはなんだったろう?

私は友達の愛情を素直に感じとり、嬉しくなった。
自分の気持ちを伝えるとか伝えなきゃとか伝わってるかな、じゃなくて、伝わっているものが伝わっているなっていう肌感覚。
なんともいえないバランスの時間を穏やかに享受した。

友達と話すのが新鮮。
絵を描きながら喋るのが最高。
新しい出会い。
人が描いている絵をみるのが好きなのね。
感性がにじみでる人間性も好きなのね。
素直さ、純粋さ、優しさ、熱さがなんかにじみでちゃう人って魅力的なの。
ていうかものすごいみんな魅力的だなって思ったし
そう思えた自分も、閉じてないじゃん、よかったって思った

なんだかこれ人に見られると恥ずかしいかも

絵を描くことも好きだし友達も好きだ
友達と超いい時間をすごせてハッピーだ

どんどんおばかになってきたぞ
多分さっきまでクラムボン聴いてたけど今無音だからだ

誰かの横槍で壊されるものにしたくないから、あえてペラペラ人に話したくないなって私は思う。
でもブログにはかく。
これは緊急事態だからこそ噛み締められるのかもしれないし、書き残したいのだ。
stay homeとかいうのもあれなんですけどね。みんなと同じ言葉使いたくないっていう。


私は自粛生活で得たものが確かにあるな。


ちなみに今日は記念日なのだ。

夜更かしの林 3:33

いい絵は「描く」ものじゃなくて「なる」ものなのかもしれないぞ


いつもの夜更かしとは違う夜

遠足みたいだな

パレットと汚れた水とかぴかぴのグレープフルーツと濡れた筆が目の前にあって
絵が机に立てかけてある

林小林林小林
最後は林小林林
林林小林
小林林林

友達と喋りながらいっしょに絵描いた
もうねむくてなんもかけないけど
高校生の頃ってクラスメイト全員絵を描く人だったよなって思い出して
絵を描く人に囲まれて一緒に絵を描く状況っていうのは私の懐かしい情景の1つなんだなって原体験の1つなのかなって思い出したよ。
嬉しいなこんな純粋にお絵かきして互いの絵を慶びあって

こんなに素直に話せたのはだいぶ久しぶりだ
なんでかってのは わかってるけど頭が動かないので夢の中で

嬉しい変化を書き留めて次また同じところでつまづいても歩けるようにしときたいな

楽しいな〜〜

優しいな〜〜

あずさちゃんはいつもこういうのを楽しんでたのね。これはリア充と言って間違いない!

2020年5月6日水曜日

5.6 雷

人の考えたアイデア(課題)を享受することって結局自分と他人のズレを認識する機会なんだなって思った。そういう意味でクリエイティヴな面はある。
授業をうける機会も減ったけど。

人から人への伝達っていろんな形があって興味深いな。
授業とか。会話とか。作品とか。読書とか。


学問研究とか、勉強とは、またちょっと違う軸の話。

違和感を拾い上げる

世の中でよいとされているものに惑わされない感覚を持つと、おのずと自分らしさが浮きがってくる。

子供の頃に体験した
ロウでバラのキャンドルを作ろうとか、起き上がり小法師を作ろうとか、楽しいワークショップのあとの充実感とわくわく感と、そして違和感を思い出す
できあがったものに納得できない感覚、完成に到達できてない感覚
そりゃそうなんだ。ワークショップで出会う素材と向き合う時間は短いし。

いろんなことを教わっても自分の作品じゃないという感覚
自分が作り出したものなんだけど、先生のように洗練されていないし、なんかイメージと違って物足りない感覚
この感覚を1回きりで終わらせてはいけないのだと思った。
ここからのステップのほうが、より一層豊かなワークショップが待っているんじゃないかと思う。

だから、自分が講座なり授業なり、単発の企画なりをやるときは、「先生と一緒に作ってみた」の「その先」を用意したいなと思った。
これは、お膳立てをするということではなくて
「やってみた」からの展開を作家は想像することができるだろう、という気概のこと。
「わたしがつくったんだ」という実感へと近づくための、企画の想像力のこと

作家がすべきことは1回だけの楽しいイベントなのだろうか。
これは連続していくべきなんじゃないか。
作家の観察眼で、生徒のモチベーションや主体性と向かい合い、別の次元に一緒に歩み出すことができた瞬間の楽しさは最上のもの。
なんか、思ったのとは違うけど、これは大変なことだね笑
とか、本人も笑っちゃう楽しい世界
二人で一緒に歩む世界

自分なりに、作家としての企画との向き合い方を考え直してみる。

2020年5月5日火曜日

kotoba wo nokosu syoudou

日記を書くことで定着する記憶、忘れてしまっても外部に記録する装置になる日記

言語化することには様々なあり方がある
わかりやすく説明するためのもの
目に見えない感覚を省みて検証するためのもの
思いを言葉として刻みつけることによってより強く心に定着させるためのもの
誰かに心のうちをさらけ出すためのもの

言葉は嘘になってしまうことも、高まってしまうことも、縛り付けられることもある

私は何かを積極的に肯定しながら、省察の余地を残すために言語化を試みる

絵を描くことは何を意味するのだろう
絵を描くときにはまた、いろんなテンションがあって
最初は違うんだけど、途中からどこか懐かしい獣道を駆け回るような感覚に戻っていく


意味は社会的なものになってもいいし、個人的なものでもいいと思う
意味自体に意味があったらそれはもしかしたら意味じゃないかもしれない

湖の波紋が地面にたどり着いた途端に消えるとは限らないんじゃないか

これを読んで、私はこのときの自分を思い出すだろうか?
多分思い出さない。

ほこりっぽくて敬遠していた作業場を使い始めて2週間か3週間になる。
暇だから毎日絵を描くことができる。
何かに急かされることのない時間がものすごい癒しだ、そして活力だ。
活力だけど、怠惰だ。ごろごろと、めきめきが、ともにある。
どちらかではなくて、両方ある日々。
いいのかわるいのかまじめに考えるとだめな気がしてしまうけど
今はこれが私にとって支えになっているし、喜びになっている

好きな絵を描くこと
好きな絵
好きっていう気持ち
描きたいっていう気持ち
他人にうける、うけないじゃなくて、のめりこむ感覚。


久々に長居している作業場の本棚から、そういえばこれなんだっけと手にとったファイルには映画のチラシがファイリングされていて
お母さんとよく映画を観ていたことを思い出した。

お母さんだって、映画が好きだったのだ。

今のうち、母とたくさん映画を観たいな。

2020年4月22日水曜日

4/19

1/24に北京から帰国してかれこれ3ヶ月弱、張り詰めてたものが限界に達した。
今や月に10時間もない、勤務時間。
すくねえすくねえ。そのうちの2時間がすぐあとに控えていた。
うおおん、うおおんってむせび泣いて、すぐあとにリモートで仕事。
生徒の活動を聴きながら、今できることをそれぞれの想像力で実現しようとする姿勢に鼓舞された。
相手に伝える言葉が全部自分に帰ってきた。



ものすごいスッキリして、体がポカポカしてきた。

探り探りzoomやslackを生徒との間で活用していく中、小学生時代家が遠い友達とFAXを使ってお手紙交換していたことや、小学生の時にフリーのゲームをダウンロードして製作者に感想のメールをしたところから始まった年上のメル友のことや、心が孤立してインターネット上で知り合った人に支えてもらったことや、実は対面ではないやりとりの中で絆を築いていったいろんな出来事を思い出していった。

考えてみたら、デジタルも度を超えるとものすごいアナログに戻るんだなと思った。
光の速さで遠くの人と交信することで、野生的な直感を取り戻すようなこともある。

姉におねだりして貰ったホームスター クラシックで星を眺めながら寝るのが楽しい。
めちゃくちゃ自転車で爆走したあとだと、寝つきが良いので嬉しい。
散歩しすぎで筋肉でふくらはぎが太くなり、ずっとコタツの中で過ごしてたら太ももがぱんぱんに太くなった。

筋肉つけて体引き締めて軽やかなボディーを手に入れたい。
色んなことに気づけて、よかった。
特に、自分の未熟さと向き合えてよかった。

おしまい。

2020年4月4日土曜日

絵描いてる時って、普段と違って心に向き合うよね。
聴診器で心臓の音聴いてるみたいな感じかなって思う。
そして自分の心と対話する。だから、今何がしんどいかちょっとわかる。
そして心が少しずつ開く。
この気持ち、わかりません!?
沈む時こそ、意味のない落書き続けないとなーと思った。

3/25〜4/3

1週間が長くて短くて濃くて薄い。
朝起きるたびに、ニュースを見、現実がよくわからなくなる。
外はぽかぽかしていて、花がいい匂いで、トカゲがパササ、パササと走ってる。

命についてものすごく悩ましく思う日中と、自分の声に励まされるバスタイム。
虚ろな夜明け。オルテガの大衆の反逆をポッケに差し込んで週に一度だけ、電車に乗る。

2020年3月25日水曜日

ウィルス自粛:暇のこと仕事のこと

COVID-19の影響で土日月火水木休みの林です。
固定の仕事は金曜の3時間だけ。
派遣の仕事は応募したのに返事がなく。
月10万円の損失です。
そうはいっても、授業準備、Tシャツのデザイン、 絵本販促準備、新企画のアイデア出しなどいろんな形で仕事、やることが散らばっている自宅待機です。

暇だから本を読んだり、アニメーションを作ったり、プレゼントを作ったり、20kmひたすら歩いたり、いつもと違う体の使い方をしています。
絶望する時間ももちろんあります。
現実逃避にはいい面も、悪い面も、どちらもある。

私は大体いつも、いい面も悪い面もあるっていいます。どっちもあるに決まってる。
それは救いじゃないですか。

逆に、それが転じて、福となすことだってあるよね。

仕事をするときっていつも現実に追われて 仕事する。
その場の手札で最善の策を練ることもある。

でも今は、現実から離れたところから仕事に向かうことができる。

よい仕事ができる気がする

今読んでる本:中国の神話 白川静 中公文庫(水濡れ)