世の中でよいとされているものに惑わされない感覚を持つと、おのずと自分らしさが浮きがってくる。
子供の頃に体験した
ロウでバラのキャンドルを作ろうとか、起き上がり小法師を作ろうとか、楽しいワークショップのあとの充実感とわくわく感と、そして違和感を思い出す
できあがったものに納得できない感覚、完成に到達できてない感覚
そりゃそうなんだ。ワークショップで出会う素材と向き合う時間は短いし。
いろんなことを教わっても自分の作品じゃないという感覚
自分が作り出したものなんだけど、先生のように洗練されていないし、なんかイメージと違って物足りない感覚
この感覚を1回きりで終わらせてはいけないのだと思った。
ここからのステップのほうが、より一層豊かなワークショップが待っているんじゃないかと思う。
だから、自分が講座なり授業なり、単発の企画なりをやるときは、「先生と一緒に作ってみた」の「その先」を用意したいなと思った。
これは、お膳立てをするということではなくて
「やってみた」からの展開を作家は想像することができるだろう、という気概のこと。
「わたしがつくったんだ」という実感へと近づくための、企画の想像力のこと
作家がすべきことは1回だけの楽しいイベントなのだろうか。
これは連続していくべきなんじゃないか。
作家の観察眼で、生徒のモチベーションや主体性と向かい合い、別の次元に一緒に歩み出すことができた瞬間の楽しさは最上のもの。
なんか、思ったのとは違うけど、これは大変なことだね笑
とか、本人も笑っちゃう楽しい世界
二人で一緒に歩む世界
自分なりに、作家としての企画との向き合い方を考え直してみる。
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