2013年2月28日木曜日

吉原芸術大サービス

是非お越し下さい!!!


「吉原芸術大サービス 線の上で踊る」


概要:吉原芸術大サービスとは、2013年3月3日~10日の会期中に台東区千束の「吉原地区」各所で行われる、現代美術の展示・パフォーミングアーツ・伝統芸能のフェスティバルです。

主催:空鼠(空鼠とは、村上慧・橋本匠・小山一平・阿部圭佑の4人によるシェアスタジオです)

期間:2013年3月3日(日)〜3月10日(日)11:00〜19:00※村上慧のみ、2月24日(日)〜3月10日(日)11:00〜18:00の期間で実施

場所:吉原神社(東京都台東区千束3丁目20−2)及びその周辺※期間中、詳細な展示位置などを記したマップを配布します。まずはインフォメーションセンターの吉原会館(吉原神社より徒歩1分)までお越し下さい。
入場料:無料(ただし一部のプログラムを覗く)
会場へのアクセス:・地下鉄日比谷線 三ノ輪駅より徒歩10分・JR鴬谷駅、地下鉄日比谷線入谷駅より北めぐりん(100円巡回バス)15分~20分 台東病院前下車すぐ・東武浅草駅、都営銀座線浅草駅より都営バス 東武浅草駅のりばより草64系統、池袋東口行きに乗って吉原大門下車徒歩5分・コインパーキングが数台ありますが、混雑軽減のため公共交通機関をご利用の上おこし下さい。

出演作家:

↓↓↓↓↓↓↓↓パフォーマンス参加↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓◯山川冬樹(やまかわふゆき)◯遠藤一郎(えんどういちろう)◯狐神楽(きつねかぐら)◯太田家元九郎(おおたやがんくろう)◯岡本紋弥+杉浦千弥(おかもともんや・すぎうらせんや)◯fifi(ふぃふぃ)◯橋本匠(はしもとたくみ)◯アンサンブルMOMO(あんさんぶるもも)◯東山佳永(とうやまかえ)◯山山山(さんざん)

↓↓↓↓↓↓↓↓展示参加↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓◯加茂昂(かもあきら)◯村上慧(むらかみさとし)◯井口雄介(いぐちゆうすけ)◯津田翔平(つだしょうへい)◯高田冬彦(たかたふゆひこ)◯阿部圭佑(あべけいすけ)◯吉野もも(よしのもも)◯林友深(はやしともみ)◯小山一平(こやまいっぺい)◯服部紫野(はっとりしの)
詳しく下記リンクより



吉原芸術大サービス公式ホームページ


空鼠ブログ:作家紹介のページ


林友深の展示会場は、喫茶「みよし」の正面ガラス4枚でございます。
外からだとあまりよく見えないのですが、中に入るとこんなです。

花を描きました。

狙いやしかけというのが、今回の作品ではごく細部に宿っていると思います。
とてもささやかで素朴ではありますが、開いて閉じて、咲いては枯れる、めぐる気持ちや感覚を込めて描きました。

今までと少し違う気持ちで、みよしの内部から吉原の風景を感じました。








↓うすく塗ったグラスデコを2枚重ねて、繊細なかすみ草の花々を作ってみました。
レイヤーが綺麗。




面白いフェスティバルなので、ぜひぜひお越し下さいね。

私は3月6〜10日まで会場あたりをぶらぶらするつもりです。
参加作家も活躍してる方ばっっかりです。六本木アートナイト出る人とか、そのお母さんとか、会田誠展で劇団☆死期に参加してる人とか、VOCA展に出す人とか、、山川冬樹さんとか!遠藤一郎さんとか!

私の作品は、とてもささやかなものではあります。
サイケデリックでもないし、曼荼羅でもないです。
でも、一つ一つを心を込めて描きました。

是非中で、お茶を飲んでってください!!

よろしくお願いします!( ^ ^ )

修了展おわり・・

1月31日に東京芸術大学の卒業・修了作品展が終わりました。

取手校舎の最終審査の写真↓



上野での修了作品展での写真↓



タイトルは恥ずかしい。。
「永遠の花 無常の幻」

ご来場いただいた皆様ありがとうございました。


ところで私イベント班で、様々な方にトークしていただきました。
その内容は午後ラジというブログにのってます。
興味ある方は読んでみてください。とても面白いです。

http://gogolounge2013.blogspot.jp/

ちょっと鼻水止まらないので、これにて!!

2013年1月24日木曜日

修了制作展です!!

修了制作展のお知らせです。
学部三年生の頃から使っている透明絵具でガラスに絵を描きました。
毎日、会場の受付にいるか、先端主催のイベントに参加しております。

私の作品は大学構内、絵画棟の一階アートスペースというところです!
もう一つは、東京都美術館の地下一階のミュージアムショップに絵を描かせていただきました。そちらではドローイングの販売が行われています。
学生たちの直筆ドローイングが破格で売られているので、目当ての作家を見つけ出して青田買いができちゃいます。

先端では連日トークイベントも行っております。詳しくはHPの「イベント」をご覧ください!!

是非、是非、お越しください。

1月26日(土)〜1月31日(木)
9:30〜17:30(最終入場17:00)
最終日9:30〜12:30(最終入場12:00)


http://www.geidai.ac.jp/event/sentan2013/




2012年11月14日水曜日

事前審査展しゅうりょう!

タイトル「花と虹の幻」
テーマに近い単語を繋げただけのつまらん無意味なタイトルです。時が経てば、まあ可愛らしいと思うのかもしれませんが。いままででいちばつまらんタイトルです。

そのため、最終審査に出す修了制作のタイトルは、練りに練ってます。


今は作品解説文てゆうのを長々と書く課題と戦っています。

楽しいです。

下見やら、搬入やら、会議やら、研究やらで、取手校舎と上野校舎を行ったり来たりの生活だったため、明日は自宅でずーっと論文書ける…とゆうのがとってもとっても嬉しいのどす!

それに、16日もなんか予定があって、18日は友人のお祝いと、新たなプロジェクトの下見があるのです。

懐かしい人と出会ったり、好きな人と出会ったりする予定が楽しみで生きてます。

しかし、美術教育に関するトークとかぶってるんだよなあ……
はー。どれをキャンセルするか、悩ましい限りです………。

張り切って、日々を乗り切るために、睡眠はかかせまんね!
論文終わったらフィットネスであったかいお風呂に浸かってきます。。



2012年11月5日月曜日

寒くなってきたわねぇ

最近の絵。
パジャマの男の子の絵は、朝っぽくて、好きです。


2012年10月25日木曜日

事前審査展の作品

時期が時期ですが………
あせっちゃだめだ!!と、気持ちを落ち着けながら、じっくりじっくりコツコツ、実験と思考と、心と体を回転させています。

関係ない落書きしか今は載せられません!


アラブエクスプレスに行きました♪( ´▽`)
感想はいずれ。

2012年10月20日土曜日

ほしいものはたくさん

何かと何かが、いつもちょっとずつ連なって、重なって、繋がっている。

なんとなくここ最近は言葉が生まれない。

曼荼羅を描いてます。

ちょうちょとか妖精とか夢とか花とか、光とか。


全貌はいずれ。


浅草のあたりで、ふるーい紙店のディスプレイで紙風船が吊ってありました。


淡い光の中、三角形のスペースにぽっかり浮いてる紙の色あいや、配置がなんとも素朴で、心を奪われてしまいました。



2012年10月16日火曜日

ポートフォリオ作ったり

ポートフォリオの表紙だけできました。
ポートフォリオ作るのって大変ですよね。
パソコンの画像類の整理が行き届いていません。


表紙はお気に入りのこの絵。
リエゾンカフェに描いたものの一部です。

2012年10月12日金曜日

popeye

ポパイで1番かっこよかったコーディネートめもしました。
今日はとても疲れたので色はまたの機会につけよう。

おやすみなさい。

2012年10月6日土曜日

実験、落書き

このキャラクターをどうにかしたい。
服とか。グッズとか。
作ろう作ろう!

今日はアトリエを掃除しました。

隠れカビが沢山あって、どおりでクシャミが止まらないと思った!
綺麗になってよかった。


清々しくて、心地がよくて、ふー、はかどりそう。

色々実験もしなきゃいけないけど、プロジェクトの交渉などで外にも出なくちゃなりません。

がんばるぞう。


2012年10月3日水曜日

夜の散歩

雨だったので、今日はアトリエに歩いて行きましま。
帰りは雨が止んでいて、暗闇で少ない光源を吸い込んでキラキラ光る花と水滴に心を奪われた。

私は大学で雑草の写真を撮り始めてから、ずっとずっと、植物を撮るのが好き。
とくに、雨上がりや朝露で水滴をまとった草花や、風景というのが、たまらなく心をノスタルジックにするんですね。
切なく、儚く、でも凛として、美しい。まっすぐ伸びる茎、空に向けて開く花。
薄くて細い花びらにどしっと、ぎゅっと、水滴と押し合ってるエネルギーとか、とっても小さくとっても微細な、命のエネルギーに出会った気持ちになれる。
語り出したら、もー止まらないくらいに、水と、草花が好き。


でも、実は人間を撮るのも好きなんです。


いい写真を撮るのは凄く難しい。
人間を撮るために、デジ一眼が欲しい!
フィルム代や現像代は趣味代として、ライフワークとして続けていきたい。
絵を描くことよりも、言葉で自分を激励するよりも、写真を撮ることのほうがよっぽど癒しになるし、励ましになるし、慰めになるし、自分を見つめる機会になる。


iPhoneですが、花を撮ってて、なんだかすっごく心が浄化された気がします。

なんの変哲もないどこにでも咲いてる君たちが大好きだよ!

今日の落書き


お花人間とリボンの双子などの絵を描いた。

2012年9月25日火曜日

これからの予定

10月は、渋谷でワークショップと、浅草のアートプロジェクトに参加する予定です。
これは、もやもやしながら書いた、今日の落書き。

2012年6月30日土曜日

展示のお知らせ!!

こんにちは。
展示が3つあります!
是非おこしください♪

と、もうひとつ、渋谷のLiaison CAFE(リエゾンカフェ)というお店で
5月に行った公開制作で描いたガラス絵、今もずーっと常設されています。
是非、ランチやディナーやおしゃべりに、立ち寄ってみてください。
お世辞じゃなくて、ほんとーにのんびりしたいい雰囲気のお店です。
窓が大きいからか、外の光がよく入って、オープンテラスみたいな感覚でお昼はとても気持ちいいし、夜は夜でウットリ大人の雰囲気。
料理もいっぱいこだわりがあるようです!お酒も!是非きてください!
場所はコチラ♪
http://www.liaison-cafe.com/

おまちしてます!


さて、3つの展示の詳細です。

◯荒谷歩音 × 林友深 2人展
7月18日〜24日(ほぼ毎日在廊予定)
12時〜19時

クロージング&公開制作披露パーティー 24日18時〜

3331 ちよだアーツ(秋葉原・末広町・上野)3階308「日々の明々後日」スペースにて

詳細は未定ですが午前から夕方まで、滞在制作とグッズ販売と絵画展示を行います〜!

日々の明々後日 プロジェクト詳細
fasebook→ http://www.facebook.com/hibinosiasatte
ブログ→ http://hst308.blog.fc2.com/

◯大きな器と・・ グループ展

7月20日〜31日(27〜29日に在廊)

マキイマサルファインアーツ(浅草橋)

陶器・木工・ガラス等のプロが家具や陶器を販売・展示しています!
参加者

[木工]
樽川満
[ガラス]
山田 春美
[陶器]
坂井千尋
大川 和宏
森田みほ
比留間 郁美
遠野 秀子 
伊藤瞳
寺本 るみ
池田 大介
森野 奈津子
加藤亜希子
林友深
林 美恵子
小山 暁子


◯三越×東京芸術大学 「夏の芸術祭2012-次代を担う若手作家作品展」
会期 2012年8月8日(水)〜 8月14日(火)
最終日は午後4時閉場
会場 日本橋三越本店本館6階美術フロア
(特選画廊、美術サロン、アートスクエア、工芸サロン)


絵画を1点、展示販売します。詳細はいずれ!






他にも、LIAISONでまた展示や、WSをやりたいなんてお話しています。
忙し過ぎて、なかなか進んでいません。ごめんなさい。


がんばるぞ〜



2012年6月8日金曜日

今日感じた大事なこと

大事なことは、忘れたりしないように
どこかで拾った紙切れに書いておこう

くるり/太陽のブルース





今日は目に見えない言葉を受け取って、それが初めての体験で、すごく感謝した。

手が震えた。

私以外の人間が、私をしっかり見つめていてくれていること。

そのあとの私は、心が安堵して、同時に雷に打たれたみたいにギョッとして、現実世界がすっと遠のいて、渋谷の喧噪が薄く白んで、一時間ほどふらふらしたにも関わらず、意識が一線の糸みたいにつーーーっと、張りつめた状態を維持したまま、帰宅した。


臆病で、ほんとうに臆病で、それでいて、プライドが高くて、そのくせ心の底から自信がなくて、誰かに誘われたり、誰かに誉められたり、他人の助けがないとなんもできない、そんな自我に私は必死にしがみついてたんだ。
私はこの弱さゆえに、必死だったよ。

自分には色んな要素がある。ないと思ってる要素もある。
私の中に明るい光があれば、その光の届かない影もある。
そこに光を当ててくれる人がいた。
色んな人が、色んな光をくれたけど、それと違った。

まず、気付いたのは、これが、人を信じるということなんだ。ということだった。
言葉にできたのは今、まさに今なんだけど、私は、なんかようわからんが、全面的に人を信じた。その感覚は、初めてだった。


今まで自分を信じられなかった私が、人を信じることができていたか、疑わしい。
その私が、まず、人に信じられている、ってことを感じとった。
私の汚くて苦しい深い部分に光が差し込んだ。
私が、私だけじゃ見つけられない自分を見つけた。
そして私はそれを、無意識のうちに知っていたので、多分ずっと、探していたので、受け止めた。
抱きとめたのかもしれない。
私は心の闇に、温もりを与えてもらった。

私はすごく救われた。


ずっと辛かった。
ずっと辛かったものだった。
ほんとに、ずーっとずーっととれなかった、ずーっとずーっと苦しんでいた闇だった。
どんなに頑張っても、どんなに苦しんでも、どんなに傷ついても、どんなに明るくつとめても、どんなに自分に言い聞かせてもとれなかった、一番かわいそうな私を見つけて、受け止めて、抱きしめてくれたのはあの人の光だった。


一番冷たかった部分に血が流れて、ほかほかと温かくなって、エネルギーがわっと湧いた。

それで、今までで一番すてきな絵を描いている。


ほんとに自分に自信がなかった。
何度言われても、誰に言われても、言い聞かせても、だめだった。

こんな私を信じてくれてありがとう。
愛してくれてありがとう。


っていう今の気持ちは忘れたくないので紙切れにメモ、しようと思って。





たとえ一瞬の出来事でも

たとえ終わってしまう感情だとしても

私は忘れないだろう
私はずっと幸せだろう

(一瞬の光、されど、永遠の光。あとは自分の力で、頑張るのだよ、友深。)

2012年3月26日月曜日

今の自分の声明

              2011.11 「瞑る」 サイズ可変  素材:グラスデコ 


statement

 私は(自分-他人)(夢-現実)(物質-幻)の間にある境界線や、それを越える出来事を表現によって捉え、見つめ続けている。
 私にとっての制作の原点は、自身の子供時代の記憶である。
 地面にうつる自分の影を追いかけ、ビー玉やおはじきやしゃぼん玉などのきらきらとした輝きを放つ透明な物を好み、動くものに喜びを感じていたあの頃の感覚。子供は目の前の世界に対し、意味を求めるのではなく知覚を先行させる。ただ目の前で起きたことに感動し、好奇心を働かせ、現象への興味が丸出しだ。無意識の中からとりだされた感覚、無選別に歓喜し恐怖する心。そこには人間の本質や潜在的な意識が強く現れており、理論や観念に捕われぬ本質的な欲求や感情がある。私はそこを常に見つけ、確かめ、深めていくことを制作の動機としている。
 また、私の描く絵はカラフルなキャラクターにあふれている。それも幼少期に触れた物、子供向けの教育番組からインスピレーションを得ている。私にとって教育番組の歌やアニメも心のときめきを担う重要な存在であるのだ。

 私の興味は、宗教や古代文明に関連するモチーフや形態へも向いている。
 アボリジニやマヤ文明の遺跡、チベット密教の教えとそれにまつわる曼荼羅に、理屈よりも先に心に届く「得体のしれない強さ」を感じている。無意識の世界から受け取った論理や構造というべきか。真理、というものかもしれない。そのエネルギーを目の当たりにし、ただわけもわからず心を揺さぶられる感覚があるのだ。
 そういった「神」や「精神」などを表現するものに惹かれる理由と自身の絵画表現の接点は「幻だけど幻じゃない」というキーワードで関係している。
 そもそも私は中学2年生の時の「曼荼羅を描こう」という美術の課題をきっかけに作家を志しはじめた。その時点から「曼荼羅」の構造や形態を表現に用い続け、曼荼羅の持つ「中心から外に向かって飛び出す形態の構造」に着目し、大学入学以降も蝶々や花、放射状の線などを描き続けた。そこから派生して仏像やキリスト像の後光、教会のステンドグラス等の「光」を用いた表現について考えを拡張するに至った。
 「光」は目に見えるが触れられない。物質ではないような物質だ。幻なのに幻でないもの。透明なのに存在するもの。光と透明という曖昧な現象をヒントに、ガラス面に透明な絵の具で絵を描く手法は導き出された。
 思えば、私はずっと心の豊かな人になりたい、悟りを開きたいと考えて生きてきた。例えるならば、私の心は美しい湖の水面のようでありたい。昼間は太陽の光を透過し湖底をも映し出し、夜は月の光をあるがままに反射する。光を捉え自らの心を外側へ解放し、外部のあらゆる現象を心に反射させたい。
 私は絵画においてその実践をしていると言える。
 ガラスに描いた半透明な絵は、外界と光を透過し、輝く影を地面に落とす。鑑賞者が見つめている作品は物質であり同時に現象でもある。「透明」とはその間のようなものだ。そこに内面から生起したイメージをのせる。すると絵が媒体となって鑑賞者に光を意識させると同時に、光を引用して絵の心情を伝える表現が成立する、というのが私の思惑だ。作品というフィルターによって(物質-現象)(夢-現実)(自己-他者)の境界を横断するのである。

 あるかないかわからない「自我」と向き合うことは、自分という他人と向き合うことだと私は思う。他人と自分。現実と夢。今確かに目の前にそれらは存在している。しかし、曖昧で確実な手応えというものがない。あるのか?ないのか?これは幻影なのだろうか、それとも絶対的な真実なのか。何が正しく何が意味を持ち、何のために存在しているのか何一つ定かではない。もはやこの世にあるものに意味などない。生きることにも、死ぬことにも、意味がない。

 無意識からうけとった論理や構造を、きっと幼い頃から感じ取って生きている。そこには覆らない真理や、科学で理解しきれない謎や、あらゆる不思議と神秘が満ちている。感覚とはあらゆる謎とともに、あらゆる矛盾、あらゆる手応えを受け止める器官である。同時に、謎に対して手応えを求める欲求そのものであると考える。だから私は実感したり共感することや、確実に感情を捕まえる瞬間を求め続け、表現し続けているのではないだろうか。
 幼少期から私はよく虚無感に襲われる子供だった。楽しく遊んでいても急に体が動かなくなり、感覚が遠のくことがあるのだ。それを虚無感と気付いたのは大学生になってからだったが、生きている意味がわからなくなったときはいつもそのような状態におちいっていた。
 何故生まれたのか、何故死ぬのか、本当に死ぬのか?死ぬなら何故生きているのか?どうしてここに生きているのか。そんなことを考え、不意に心と体が停止する。そして、24歳を目前に控えた今の私はとうとう、生きていることに意味はないのだと勇気を持って結論づけた。

 生死の繰り返しに意味を求めても仕方ないと気付いていたと思う。それをひたすらに教えて教えてと求めることは、は空っぽの心を一生懸命掻き回すように、虚ろさを深めるだけだった。私は「生きている意味」という言い方で、実は生きてゆく「自分の意志の在処」を探し求めていたのだろう。
 結局私は生きていることには意味を見出せない。しかし、実感や共感による手応えには意味を見出せる。だから謎を手放さないで作品にし続ける。それが、私の人生における「生きている意味」を表す行為だ。

 私の心は「中心から外へ広がる形態」と同じく、外に向かって飛び出している。他人のことを考えることが好きだし、お互いにお互いを何か素敵なことの手がかりにしたいと思っている。だからこそ、私は作品を見て元気が出たり、救われたいと思っている。私は人を救う表現しかしたくない。
 てらいもなく、壁もなく、人の懐にすっと入っていく表現を、透過と反射の原理で導きだしてゆくのだ。






2011年12月9日金曜日

透明な歩み

大切な人へ



世界は透明な歩みでひと繋がりに連なっている。
波間がゆらゆらと砂浜をなぞっている。
ずっと揺れ続けている。
息を吸い、空気を保ち、吐いて、また新しい息を体内に吹き込んでいく。


透明な歩み。それはその瞬間瞬間で、さまざまな音を響かせている。


色んな命の、色んな魂の、色んな心の、色々な音。



私の隣を随分長い間 守っていてくれた音のする生き物は
私の色んな音を拾ってくれた。全てね。
不協和音が鳴り始めて違う道を歩いてた時期もあったけど
なんかきっと、今は荒波に揉まれながらも同じ川で舟を漕いでるんじゃないかな。

つい最近彼女は新しい船に迎えられた。
彼女はクマさん印の海賊船の航海士として、心の地図を沢山描いているみたい。
ときどき旅の思い出を描いたりしてるみたい。ダーヴィンみたいにね。色んな生き物を。

英語も話せるから、船長は心強いだろうね。

きっと君の周りはいつも色んな音がしてるよ。
自分の歩く音だけじゃなくてね。

それを拾ってまた鼻歌うたいながらカレーを作ってお腹いっぱいになるんだろう。


私の深い友だち。


みんなでお前を幸せにしてやるよ!だから末永くお幸せだよ。



来世でも同じ川で遊べるといいね。わんわんも一緒にね。




友深より


2011年12月3日土曜日

最近描いた絵

1人で暮らしている街の、うちから走って30秒のとこに友達が住んでいます。

よく会ったり、友達の輪を広げてくれたり、頼りになるし温かい人です。

その友達がギターで即興で気分を歌ってくれる隣で描いた絵を載せます。


彼も2つ線を描いてくれました。
その線をうまく使って絵を描いて。
人に描いてもらうとリズムができるのでとても面白かった。


2011年12月1日木曜日

ありのままってなんだ

4月。
6月。
9月。
11月。

色んなターニングポイントがあったなあと振り返ります。

自分は前の自分より成長しているのか?

成長している心の質とともに、エネルギーはどんどん減少していると思います。
それは魂についた汚れのせいなのでしょうか?

私は生きていくほどにエネルギーが減少しており、馬鹿なこと、くだらないこと、他愛のないことを繰り返しながら、自分を甘やかして生体を脅かしてきました。

ちょっと他の人にはわからないような過渡期があり、それは悩んで仕方ないこと・・・と開き直り、リハビリだと思って、自分の悪い部分を責めずに気楽にさせていました。


その最中にも、3つの作品制作の機会がありました。

いずれもギリギリまで追いつめられてから一気に描きました。


最近も、素敵な友達が増え、色んな出会いがあり、また改めて難しい問題もあり、いたって普通の出来事の中で生きていますが

活躍する作家、活躍の幅を広げてゆく友人たちをみながら鼓舞され、励まされ、入魂され、闘志を燃やすようになってきました。


自分と向き合い、自信を持って突き進む。その勇気とやる気を私は今迫られています。


今というか、常に。


口に出して言うのもまた心の表れです。

私がやりたいことは、ありのままの自分をありのままに表現することです。

ありのまま、というのはとてもリラックスした安定した状態で生まれるもの、というか、その状態で出すのが一番気持ち良いんだろうなって思います。

気がおかしくなってるときでもありのままは表現できるんだけど

私のありのままの心の姿って 本来は透き通ってるんじゃないかなと思う
だから透明な心を描きたい


つって 透明な心を外に開いてくリハビリをしていたんだ。


勇気のなさ、自信のなさ、やる気のなさを乗り越えるリハビリだよね。


それはやはり現実を見るということ、自分を見つめるということ、愛するということだったと思います。


真摯にひたむきに。



誰から責められるでもいい。否定されるでもいい。


相手にとって私のやることなんてどうでも良いだろうからさ。


私は私にたいしてベストを尽くさないと、何もかもを裏切ることになるよって言い聞かせています。



私はどこに、どっちの方向に、どれくらいの力で 踏み出すのかな。


自分を試さないと。



なんか決意するまえに一歩踏み出そうって魂胆だけどさ


決意したらまた書きます


決意しないかも。



だから今できる決意だけしとこう。


ベストを尽くす  愛を尽くす。